好きなことをあきらめたけど無駄じゃなかった話

ストーリー

こんにちは、宇里あかです。

今回は、プロフィールとは別の視点で、
僕の過去の話をすこし掘り下げてみたいと思います。

サッカーをあきらめた

僕は夢中になっていたサッカーを、
高校の途中であきらめて挫折したけど、
それは無駄じゃなかったなと今は思う。

なぜなら、夢中だったから。

中学生の頃は、学校の部活はもちろんのこと、
学校の外で友達と遊ぶときもよくサッカーをしていた。

今はDAZNとか契約しないと試合をほとんど見れないけど、
当時はJリーグが全盛期で、テレビでも普通に試合を観れた。

だから、

「カズのドリブルからの独走ゴールやばかった!」

「シジマール手長すぎだろ、あれはファウル笑」

みたいな話を、日常的に共有できてたのしかったな。

これは、僕が尊敬する起業家の方が言っていた言葉なのだけど、

同じ熱量を共有できる仲間といるのってたのしいよね

っていうこと。

自分が夢中になってやっていることって、
その話題を誰かと共有したときに、
相手がどういう視点を持ってそれを見てるのかとか、

「ああこいつはこういうところに魅力を感じてるんだな」

みたいなことがわかる。

そうすると、お互いの持っているカードを出し合うように、
魅力のプレゼン合戦みたいになって、ちょーたのしい。

ファミレスとかでひたすら盛り上がれるし、
話しているうちに、自分では気づかなかった魅力に気づいたりもする。

自分では注目していなかった選手について熱く語られると、
その選手のことを意識するようになって、

「ああ、たしかにあいつが言ってたとおりこの選手いいな」

って今まで見えてなかった魅力に気づけるようになったり。

そういう時間ってめちゃくちゃたのしいし、
尊いものだなあと。

興味があることだからアンテナが立つというか、
自分に興味をもたせてくれるそういうエネルギーって大事だなって。

「おおおかっこいい。。!」

「うつくしい。。」

「シビれるわー」

って心が動く瞬間がすごく好き。

だから憧れて夢中になることを、

「夢見てないで現実を見なさい」

とか

「これから現実逃避します」

みたいな、
まるで、「それは別次元のこと」みたいな扱いをしたくなくて。

夢の中にいることをリアルに感じて生きるというか。

夢中になるってリアルに生きるエネルギーだなと思う。

プロになれない

プロになれないことを、やめる理由にしなくていいよね、
ということも思う。

まあ僕の場合は、プロになれないからっていう理由でやめたというよりは、
いろいろ重なってモチベーションが下がってしまったことが原因なんだけど、
そのへんのことはプロフィールを見てください。

当たり前に考えることとして、

サッカー選手として生計を立てられないのであれば、
たべていくために働く必要があるし、
会社に雇われて働けば労働時間に拘束されるんだから、
どうせサッカーなんて満足にできないよ。

と考えるのは当然のこと。

ミュージシャンを目指してた友達とかも、
同じ理由であきらめる人を実際に多く見てきた。

「自分はプロにはなれないから、そろそろ将来のことを考えないと」

「音楽ばかりやってられない」と。

そもそも時間を拘束されて働く以外の選択肢を知らないんだから、
両立はむずかしいって考えるのは自然な流れだし、
第三の案を持ちようがない。

もしネットビジネスを高校生の時に知ってたらどうだったかな。

いろいろ考えられる自由度が違っただろうなと思う。

収入を自動化して、
働かなくてもお金が入ってくる状態になれば、
好きなように練習に打ち込むこともできるし、
個人でコーチに習うことだってできる。

でもそんな方法があることを知らなければ、
そもそも思いつかない。

常識に思い込まされてることってたくさんあるし、
知識って本当に大事だなって思う。

夢中になる感覚

そもそも夢中になる感覚っていうのがたのしい。

もっとうまくなるにはどうすればいいか?
って考えるようになるし、
明らかにあいつに足の速さで負けてるよなーとか思うと、
じゃあどうすればそいつに勝てるのか?って考える。

背の高さとか、足の速さとか、
そういう持って生まれたものはたしかに優位に働いたりするけど、
ただスペックだけで比べてもつまんないから、

いかに違いを出すか?
みたいなことを考えるのがおもしろかったりする。

相手の逆をとる動きとか、工夫するのがたのしかったな。
自分が左を向いてると相手はそっちに気を取られるから、
逆に右のパスコースがあくとか。

こういう状況の時、
相手の視点だとどう見えるだろう?みたいなことを考える。

そうすると足の速さとか関係なく、
アイデア次第でゲームに勝てたりする。

片手間でやってたらそこまで掘り下げないというか、
たのしいから追求するし、追求するからさらにたのしくなる。

たとえば料理に興味がなかったら、
料理が得意な友達に腕を見せつけられても、

まあ、いいな、とは思うけど、

そんな興味ないし、カレーならつくれるし、とか。

何が言いたいかっていうと、
夢中になれるってことは、それを追求するっていうことだから、

もっとこうしたい!っていう欲求に向かって、
そのためにはどうしたらいいんだろう?
っていうのを考えるようになって、
脳みそ使えてたのしい。

夢中になる感覚、忘れたくないなー。

考えるときに例えられるし応用できる

何かを考えるときに、

「サッカーに例えるとこういう感じ」

みたいなことを思ったりする。

目的(ゴール)があって、そこにたどり着くまでに、
いったんここを経由して、体制をととのえて、
ここでリスクをとって一気に攻めると効果的、とか。

これはネットビジネスを考えるときにも応用できる。

そういう「目的」とか「手段」をいちど抽象化して、
他のなにか別のことに応用したりすると、
そっかそうすればいいのか、ってひらめいたりする。

これってソロモンのパラドックスじゃないけど、
他人へのアドバイスはすんなり思いつくのに、
自分のことだと答えに迷ってしまう
っていうのと同じで、

いちど考えていることを他のものに例えることで、
客観的に物事をとらえることができるようになる。

そう考えると、なんでも躊躇せずに
一度突っ込んでやってみるのって大事だなって思う。

ちょっとカジるんじゃなくて、やったことないことでも、
興味をもってやってみようかなって、今これを書いていて思った。

浅いと触れられない魅力があるってことだよなあと。

うーん、なんだろう。やったことないこと。

それこそ料理とかも、
ふだん自分がたべる程度のものなら作るけど、
誰かに振る舞ってよろこんでもらえるような、

もしお店を出すとしたら?

みたいに考えて
研究してみてもいい。

あとこれもカジった程度のことで、

マンガをいろいろ読むこと。
これも意外とやってこなかったんだよな。
マンガって教養だよなって今なら思う。

娯楽ってわるいものっていうか、ナマケモノのためのものみたいな、
そういう象徴として使われることもあるけど、

それってイメージだよなーと。

たとえ想像上の物語だったとしても、
いろんな世界に触れられるわけだし、
それは体験なわけだし、とても貴重なこと。

小説でも、映画でも、同じことだけど。

何か、これは読んどけみたいなのがあったらおしえてください。

あと、

「ぷよぷよ」がうまい人に憧れがある。

(わかると思うけど、セガのゲームです)

むかしやったけど、連鎖がうまくできなかったな。
自分で思い描いたとおりに連鎖を組めたら、
きっとたのしいだろうなって思う。

連鎖を組めるところまでやってないってことは、
まだぷよぷよの本当の魅力に触れてないってことだよなと。

こういうのも、
サッカーに夢中になった経験があるから、
考えられるようになったことだろうな。

自己流じゃなくて教えてもらえばよかった

僕はサッカーはぜんぶ独学で、習ったことはなかった。

中学生の頃のサッカー部の顧問は、元新聞部だと言っていて、
サッカーは好きなのかもしれないけど、
それ以上でも以下でもないというか。笑

その顧問の先生は、始まりと終わりの挨拶のときにしか
部活動に顔を出さないような顧問だったので、
特に指導をしてもらうようなこともなかった。

まあ、中学校の部活の顧問なんてそんなもの(?)
かもしれないけど。

(でもハートはあっていい先生だった)

だから、サッカーをちゃんと習ったことはなかった。

一応テクニック本みたいなのを買って読んだりとか、
教則ビデオとかを借りてきて、

「ほうほうなるほど」とかやってたんだけど、

考え方とかはあんまりわかってなくて。

とりあえず見よう見まねでやっていたから、
どうしても足元のテクニックにしか意識がいかない。

試合の中で戦略的に動くということが、
今思えば理解できていなかった。

部活中に、小学生のときからサッカーを習っていたやつに、

「君はちゃんと習っていたら、もっといい選手だったかも知れないね」

と言われた。同学年の中学生に。笑

そいつはよくポジショニングがどうだという話をしていて、
こういうときはここにポジションをとるんだよということを
教えてくれていたんだけど、

僕は本質的に理解していなかったので、

「なぜそうするのか?」

という根拠がよくわからないままだった。

いまだったら彼が教えてくれていたことがわかるんだけどな。

だから基礎の考え方を身につけた上で、
テクニックを使わないと、本当の意味では生きないよねっていう話で。

サッカー全体を見るっていう視点を、
早く教わっておけばよかったなって。
そしたらもっと違ったのかなって。

ネットビジネスでその反省を生かす

こうやって考えてみると、夢中になってやってたことって
いろんなところに活きてるなと。

好きだから、意識するし、考える。

それってジャンルが違うことにも応用できるから、
夢中になってやったことは無駄じゃなかったなって思う。

いまこうやってネットビジネスをやってるときにも活かせているし、
もっともっと、追求していきたい。

だから、

夢中になってサッカーやっててよかったな

っていう結論です。

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僕は、昼も夜も労働にまみれた果てに、
インターネットを使ったビジネスの知識に出会いました。

もともと本も読まないし、
勉強する習慣なんてこれっぽっちもなかった僕が
学ぶのがたのしいと思えるようになった。

ビジネスなんて難しそうと思うかもしれないけど
結局は慣れなんですよね。

どんな人でも稼げます。

学校や会社では教えてくれないことも、
ちゃんと知識を学んでいけば、誰でも自分の力で
稼ぐための仕組みがわかるし、自信にもなる。

僕がその知識に出会い変化する過程を
下記の記事で書いています。

宇里あかが労働にまみれた果てにネットで起業する物語とクリエイティブに生きる理念

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